2006.01.26
すべてに時がある
さっき、この日記をアップしようと勇んで書き始めたものの、途中でつまらなく
なってしまってリタイア。そのままお昼寝タイムに突入してしまいました。
なにがつまらなかったかというと、なんだか、頭をひねって書いてる感じで
楽しくなかったのです。
書きたいという気持ちはあったけど、それが自然に言葉になるまで発酵して
いなかったみたいです。
そんなわけで、今回はふと思い出した好きな言葉をどうぞ。

天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話しをするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
(伝道者の書 3:1-8)
なってしまってリタイア。そのままお昼寝タイムに突入してしまいました。
なにがつまらなかったかというと、なんだか、頭をひねって書いてる感じで
楽しくなかったのです。
書きたいという気持ちはあったけど、それが自然に言葉になるまで発酵して
いなかったみたいです。
そんなわけで、今回はふと思い出した好きな言葉をどうぞ。


天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話しをするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
(伝道者の書 3:1-8)
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2006.01.23
魔法の呪文
先日のコーチとのセッションで、自分のなかから「感じ続ける。判断しない。」
という言葉が出てきました。
もっと正確に言えば、「感じ続けること、判断しないことを選択する」と
自分に向かって宣言しました。
今まで、人に対しても自分に対しても、自動的に判断していた自分がいました。
それは自分にとっては呼吸のように自然なことで、自分があらゆることを自分なりに
判断しているのを意識的に考えたことはありませんでした。
自分のなかに、日々色々な声が聞こえます。
「大丈夫なのか。危ないのじゃないか。」
「おまえにできるのか。」
「この先どうなるんだ。」
そんな声が最近とてもうるさくて、どこから来ているのだろうと思ったときに
自分が無意識にしている判断がこれらの声を生んでいるのではないかと思いました。
「私は弱い。」
「私には能力がない。」
「この先きっとよくないことが起こる。」
そんな風に判断している自分から、不安な気持ちや恐怖心が生まれてくるのでは
ないかと思いました。
判断するというのは、自分独自の色眼鏡をかけて世界を見ていると言い換えても
いいかもしれません。
目の前にどんなに色鮮やかで美しい景色が広がっていても、色眼鏡をかけて
見ている限り、もとの景色の鮮やかさ、色彩の豊かさをそのまま見ることできない。
そんな感じもします。
そう思ったら、判断することで失っているものが惜しくなりました。
判断しないで、五感すべてを使ってただ感じることで、なにに気づくのか
知りたくなりました。
「感じ続ける、判断しない。」という言葉は、新しい世界への扉をあける
魔法の呪文になるかもしれません…なんちゃって

という言葉が出てきました。
もっと正確に言えば、「感じ続けること、判断しないことを選択する」と
自分に向かって宣言しました。
今まで、人に対しても自分に対しても、自動的に判断していた自分がいました。
それは自分にとっては呼吸のように自然なことで、自分があらゆることを自分なりに
判断しているのを意識的に考えたことはありませんでした。
自分のなかに、日々色々な声が聞こえます。
「大丈夫なのか。危ないのじゃないか。」
「おまえにできるのか。」
「この先どうなるんだ。」
そんな声が最近とてもうるさくて、どこから来ているのだろうと思ったときに
自分が無意識にしている判断がこれらの声を生んでいるのではないかと思いました。
「私は弱い。」
「私には能力がない。」
「この先きっとよくないことが起こる。」
そんな風に判断している自分から、不安な気持ちや恐怖心が生まれてくるのでは
ないかと思いました。
判断するというのは、自分独自の色眼鏡をかけて世界を見ていると言い換えても
いいかもしれません。
目の前にどんなに色鮮やかで美しい景色が広がっていても、色眼鏡をかけて
見ている限り、もとの景色の鮮やかさ、色彩の豊かさをそのまま見ることできない。
そんな感じもします。
そう思ったら、判断することで失っているものが惜しくなりました。
判断しないで、五感すべてを使ってただ感じることで、なにに気づくのか
知りたくなりました。
「感じ続ける、判断しない。」という言葉は、新しい世界への扉をあける
魔法の呪文になるかもしれません…なんちゃって


2006.01.22
雪・そしてフグ
昨日は、東京では久しぶりの雪景色でしたね。
思わずトレッキング・シューズを履いて外出したえりおです。
お昼は友人と待ち合わせて新宿でランチ。
その後、ふたり連れ立ってワークショップへ。
夕方、会場の外に出てみたらこんな景色でした。

夜は、コーチングの資格コースの仲間との新年会で五反田へ。
やった~!フグです♪
今回は、声だけ聞いて一度も会ったことのなかった仲間とも
念願の「初めての再会」を果たすことができました。
コース終了までまだ半年以上あるのに、はや卒業旅行の計画で大変な盛り上がりです。
みんなで大騒ぎして、すっかり充電されました。
コース・リーダー曰く「このチームは放浪系の人が多いわね。」
そうなんです。グループ・コールという電話で行う授業(のようなもの)も
みんな自宅などの決まった場所から参加しているとは限りません。
旅先からだったり、海外からだったりします。
今までコース受講中は国内にいようと思っていたのですが、みんなに
ばっちり刺激されてしまったので、一度は海外からの参加に挑戦?
思わずトレッキング・シューズを履いて外出したえりおです。
お昼は友人と待ち合わせて新宿でランチ。
その後、ふたり連れ立ってワークショップへ。
夕方、会場の外に出てみたらこんな景色でした。

夜は、コーチングの資格コースの仲間との新年会で五反田へ。
やった~!フグです♪
今回は、声だけ聞いて一度も会ったことのなかった仲間とも
念願の「初めての再会」を果たすことができました。
コース終了までまだ半年以上あるのに、はや卒業旅行の計画で大変な盛り上がりです。
みんなで大騒ぎして、すっかり充電されました。
コース・リーダー曰く「このチームは放浪系の人が多いわね。」
そうなんです。グループ・コールという電話で行う授業(のようなもの)も
みんな自宅などの決まった場所から参加しているとは限りません。
旅先からだったり、海外からだったりします。
今までコース受講中は国内にいようと思っていたのですが、みんなに
ばっちり刺激されてしまったので、一度は海外からの参加に挑戦?

2006.01.19
高度100メートルからの夜景

昨日、知る人ぞ知る船堀のタワーに上ってきました。
江戸川区の施設であるタワーホール船堀には、高さ100メートルの展望台が
あるのです。
あいにく曇りがちで、夕暮れ時だったけど夕焼けはあまり見えませんでした。
晴れていれば富士山もよく見えるはずだけど、今回は雲の中でした。
でも、北に筑波山、東に幕張新都心、南にはディズニーランドと東京湾
そして西には都心のビル群と、普段見ているのとは全然違う景色です。
写真の中央に赤くちらっと写っているのは、東京タワーです。
(拡大して見てね。)
日が落ちるにつれ、どんどん街が美しくなりました。
すぐ目の前の荒川に沿って走る首都高の車の列も、宝石みたい。
羽田方面には、ほぼ2分おきくらいに飛行機が降りていきました。
東京ってひとくちに言うけれど、どれだけの人が毎日起きて、働いて、
遊んで、眠っているのだろう。
すぐ近くに住んでいても、一生何のかかわりも持たないまますれ違っていく
人たちが、どれほどいるのだろう。
誰一人として同じ人はいない。
その一人ひとりに夢があり、愛があり、苦しみがある。
そんなことを考えていたら、自分がここでこうしていることが途方もなく
思えてきて、圧倒されてしまいました。
写真ではあの美しい夜景をうまく撮れなかったけど、
是非みんなに見せたい!と思ったので、アップしました。
行ってみたいひとは手を上げてくださいね~。お連れしますわ♪
2006.01.18
手放す、受け取る
昨晩のコーチングの学びの場で、今年をどんな自分で過ごしたいか
というお題で話す機会がありました。
そのときに私の中から出てきたのは「手放す。受け取る。」という言葉でした。
自分が器のようなものだとしたら、今まで器の中に入っていたものを
一度外に出して眺める。
そのなかで、もういらないと思ったものは手放す。
新しく受け取りたいと思ったものは、素直に受け取る。
手放したことで空いたスペースに、受け取ったものを入れていく。
そんなイメージが浮かんできました。

参加者の方が後で送ってくれたメールに、「ビッグロックのお話」というのが
ありました。
空っぽの壷にまず大きな石を入れて、小さな石で隙間を埋めて、砂、水の順に
入れると壷を一杯に満たすことができるけれど、逆の順番で入れると最後には
大きな石を入れるスペースがなくなってしまう。
何から入れるかという順番も大切なんですね。
自分にとって大きな石ってなんだろうって思いました。
一番大切なものといってもいいかもしれません。
最近の私は、大きな石のことを忘れて、水や砂ばかりで自分の器を満たして
いなかった?と、ふと思いました。
このように気づくことも、受け取ることになるのかもしれません。
あなたは今年何を手放して、何を受け取りますか?
というお題で話す機会がありました。
そのときに私の中から出てきたのは「手放す。受け取る。」という言葉でした。
自分が器のようなものだとしたら、今まで器の中に入っていたものを
一度外に出して眺める。
そのなかで、もういらないと思ったものは手放す。
新しく受け取りたいと思ったものは、素直に受け取る。
手放したことで空いたスペースに、受け取ったものを入れていく。
そんなイメージが浮かんできました。

参加者の方が後で送ってくれたメールに、「ビッグロックのお話」というのが
ありました。
空っぽの壷にまず大きな石を入れて、小さな石で隙間を埋めて、砂、水の順に
入れると壷を一杯に満たすことができるけれど、逆の順番で入れると最後には
大きな石を入れるスペースがなくなってしまう。
何から入れるかという順番も大切なんですね。
自分にとって大きな石ってなんだろうって思いました。
一番大切なものといってもいいかもしれません。
最近の私は、大きな石のことを忘れて、水や砂ばかりで自分の器を満たして
いなかった?と、ふと思いました。
このように気づくことも、受け取ることになるのかもしれません。
あなたは今年何を手放して、何を受け取りますか?
2006.01.11
春を待つ
2006.01.06
薪ストーブ
今年は60年に一度の寒さだそうですが、実家のある八ヶ岳の麓も
今日は最低気温がマイナス12度、最高気温がマイナス3度でした。
こういう寒いときには、薪ストーブが大活躍です。

数年前から父の趣味で使い始めたのですが、すぐに家族全員薪ストーブが
気に入りました。
なにしろ、電気や石油の暖房器具と比べて格段に暖かいのです。
薪を燃やしていると、ストーブ本体が200度から300度くらいまで熱くなるので
そばにいるとぽかぽかです。
煙突が屋根を通っているので、家全体も暖まります。
薪は買うと高いので、知り合いの方が処分した木をもらうことも多いそうです。
そのため薪になる木の種類も色々で、燃え方にも癖があります。
杉はすぐ燃え尽きてしまうとか、松は煙が多く出て煙突を傷めるとか…。
母に言わせると、楢の木や胡桃の木がよい薪になるのだそうです。
炎は一瞬一瞬姿を変えて、見飽きることがありません。
なにもしないで炎を見ているときは至福の時間です。
今日は最低気温がマイナス12度、最高気温がマイナス3度でした。
こういう寒いときには、薪ストーブが大活躍です。

数年前から父の趣味で使い始めたのですが、すぐに家族全員薪ストーブが
気に入りました。
なにしろ、電気や石油の暖房器具と比べて格段に暖かいのです。
薪を燃やしていると、ストーブ本体が200度から300度くらいまで熱くなるので
そばにいるとぽかぽかです。
煙突が屋根を通っているので、家全体も暖まります。
薪は買うと高いので、知り合いの方が処分した木をもらうことも多いそうです。
そのため薪になる木の種類も色々で、燃え方にも癖があります。
杉はすぐ燃え尽きてしまうとか、松は煙が多く出て煙突を傷めるとか…。
母に言わせると、楢の木や胡桃の木がよい薪になるのだそうです。
炎は一瞬一瞬姿を変えて、見飽きることがありません。
なにもしないで炎を見ているときは至福の時間です。
2006.01.03
今年の意図
新年明けましておめでとうございます。
みなさんどこでどんなお正月を過ごしていますか?
私は信州の実家でいつも通りのお正月です。
鳥のお出汁のお雑煮を食べ、ネコをかまいながら駅伝を見ています。
今日は朝から雪が降ったりやんだりしています。

今朝まだ暗いうちに目が覚めて、「今年1年の意図を決めよう。」と
思い立ちました。
自分にとっては昨年から継続しているテーマではあるのですが、
「その時、その場にいること。」を今年のテーマにしようと思います。
ふと気がつくと将来の心配をしていたり、過去の体験に気持ちが引っ
張られていたりしがちですが、今、この場にいて現実をありのままに
見ること、その時にできる最善のことをしていくことが、これからの
自分の力になるような気がしています。
そんなわけで、今年もよろしくお願いします
みなさんどこでどんなお正月を過ごしていますか?
私は信州の実家でいつも通りのお正月です。
鳥のお出汁のお雑煮を食べ、ネコをかまいながら駅伝を見ています。
今日は朝から雪が降ったりやんだりしています。

今朝まだ暗いうちに目が覚めて、「今年1年の意図を決めよう。」と
思い立ちました。
自分にとっては昨年から継続しているテーマではあるのですが、
「その時、その場にいること。」を今年のテーマにしようと思います。
ふと気がつくと将来の心配をしていたり、過去の体験に気持ちが引っ
張られていたりしがちですが、今、この場にいて現実をありのままに
見ること、その時にできる最善のことをしていくことが、これからの
自分の力になるような気がしています。
そんなわけで、今年もよろしくお願いします

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